マトスポブログ

サハラマラソン参戦記録 vol.6(全4ページ)

2014年4月、弊社の社員である尾西基樹30歳(独身)が、世界で最も過酷とされるサハラマラソンに参戦した記録譚、第6回。
順調にスタートしたと思った矢先に訪れた、大切なボトルを落とすというアクシデント。さらに今回、なくしたものがボトルだけではないことに気付く尾西基樹30歳(独身)。
そんな折、人のやさしさに触れた弊社尾西は、またひとつ大きくなった模様です。

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4月6日 – 後編 –

遂に見えた第1チェックポイント

スタートから4時間弱、時刻でいうとあと10分程で13時になろうかという頃、これまでと同じように最果ての砂丘の頂に立つと、これまでとは違った光景が広がっていた。
すぐそれとわかる。第1チェックポイントだ。今いる砂丘のすぐ足元にテント群と大会車両が見えた。
・・しかしこれほど近づいてやっと視界に入るとは。まったく憎い配置である。

安堵を覚え、後続の様子を確認する。まだこの光景を知らない、いかにも辛そうな顔の選手が続いていた。
よしよし、いっちょやってやるか!

右手のストックでチェックポイントの方角を指しつつ、売り子のアルバイトで鍛えた声で彼らへ向け叫ぶ

「 Hey!Checkpoint is soon!! 」

みな一気に顔を上げ、歓声を上げる。走り出す者までいる。だが気持ちはすごく分かる。
すでに選手間には不思議な連帯感ができており、立ち止まっている者がいれば大丈夫かと声をかけ、追い抜く者も追い抜かれる者も親指を立て「 good luck 」と互いの健闘を祈り、励まし合う。
だから彼らを少しでも元気づけれたことが嬉しかった。
それもあってこの煽りはこれから毎日、チェックポイントごとに行うこととなる。

さて、喜び勇んでチェックポイントの前まで来ると、どこかで見たような緑色のマットがその入口に敷かれていた。

・・・予想はしてたけどね。やっぱりこういったスタイルで計測を行うのですね。
マトリックスでの私の主な業務は、自社製のICタグを用いた自動計測であり、この緑色のマットはその自動計測時に使用するアンテナ入りのマットにとてもよく似ていた。

マットを通過すると近くに設置されている計測機から ピッ っと機械音がした。
このときばかりは現実に戻り、マットやそのサイドに置いてある機械群の写真を撮りまくる。

マットの先にはゼッケンごとに4つのゲートが用意されており、計測機の写真を撮りまくっている私に、スタッフが「はやくこっちに来なさいよ」というジェスチャーを示す。

向かって一番右のゲートをくぐると、ブラボーの喝采とともに給水カードにパンチをされた。
ゲートの脇に控えるスタッフから1.5Lのペットボトル1本を受け取り、体調を確認される。

「 How are you? 」

「 too easy!(楽勝だよ)」

体調確認は常にこう答えている。全然楽勝な位置じゃないから軽く笑いがおきるけどね。
変に答えて止められて、無駄な時間を使いたくはない。
現にすでにスタートから4時間。残り19/34km。残る厳しい箇所は第2チェックポイント先の丘陵と最後の砂丘群といったところか。
ここから第2チェックポイントまでは砂地の涸れ川と荒地。アップダウンはないが、体力回復と温存のためこの10.8kmは歩くことにする。

作戦にもならない作戦を決め、ジープの日よけの下に座り込む。
もらったばかりの水を口に含む。常温でも冷たく感じて美味い。なにせスタートから所持していた水は半分お湯になっていた。
スポーツドリンクの粉末を取り出し、それぞれのボトルに給水を行う。こんな簡単な作業でも億劫で仕方ない。
余った水は保険としてふたたびフロントバックへ差し込んだ。

エネルギーバーをかじっていると、日本人選手が声をかけてきた。
スタートで水を1本破棄した連中がかなり辛い状況に陥っているとの情報を聞く。
チェックポイントに到達時に私に残っていた水は500ml程度だった。
摂取ペースが同じであれば、彼らは大よそ1Lもの水が不足していることになる。
この炎天下の中である。彼らのレースの続行と安否が気遣われる。
そして水の配分の重要性を改めて感じた。

10分ほどゆっくりした後、顔の日焼け止めを塗り直して出立の準備をしていると砂丘の方から轟音が2回。
リタイアを報せる、その発炎筒の音だった。

涸れた川と古い集落

チェックポイントを出ると、路面は相変わらずの砂だが多少の草木が見える。
腰ぐらいの高さで枝は棘になっているものが多い。立ち枯れしているものもある。
ここはワジと呼ばれる、本来川となっているはずの地形だが普段は干上がっており、雨季の一時的な豪雨のときのみに水流が出現する。
地形をよく見ると川べりと思わしき少し高くなった箇所もある。
ただ走るだけではなく、少し目を凝らせばこういった大自然をいたるところで感じることができるのもこのレースの醍醐味だ。

長らく小便を我慢していたので、コース脇の木陰に寄り、用を足す。
痛い。もの凄く痛い。尿がもの凄く黄色い。何だこれは。
不気味なものを感じながらその場を離れる。が、またすぐ尿意が。
用を足しにまたコース脇に戻る・・が、今度は何も出ない。

短い時間でこんな事を何度か繰り返す。初めての経験だったが、脱水症状に陥っていると感じ取れた。
まめに水分を摂っていたつもりだが、それでも足りていなかったようだ。
すぐさまいただいたソルトタブレットと水分を多めに摂る。本来はこのような状態になる前に摂取しなければならないのだが致し方ない。
幸い症状は軽いようだったのでゆっくり歩き、休める陰があればそこで体温を下げ、体調を整えまた進んだ。

体調は徐々に戻り、第1チェックポイントを出発してから1時間半が経過した。
コースである涸れ川の路面はいつの間にか丸い石でいっぱいになっていた。きっと悠久の昔に川の水で削られたのだろう。いったい何千、何万年ここに在るのか。

不思議な光景に感動を覚え、カメラを構える。後方にカメラを向けると見覚えのある姿が見えた。水玉のウェアが眩しい53番テントのF岡さんだ。
だが足取りがおかしい。朦朧としているようにも見える。
聞くとF岡さんは朝の水を一本破棄し、そのせいで砂丘で脱水症状に陥り地獄を見たそうだ。
他の選手から水をもらい、何とか第1チェックポイントに辿り着いたとのこと。
いま私とF岡さんは同じ地点だが、残された気力体力には大きな隔たりができていた。

症状はかなりマシになったと彼は言うが、傍目にはそうは見えなかった。
スタッフに見咎められれば回復まで休憩を強いられ、ゴールの制限時間に引っかかるかもしれない。
彼の症状がもう少し軽くなるまでともに歩くことにした。

F岡さんの気が紛れるよう色々な話をしながら進む。
F岡さんは43歳。年齢は離れているが、気性が似ているため、馬が合い話も弾む。
輔佐する対象ができることで私自身にも気持ちの余裕が生まれる。
監視スタッフの脇を通るときは、二人して「 too easy!」で乗り切った。

F岡さんと行動をともにしてから40分余り、状態がよくなってきたようなのでゴールでの再会を誓い、彼と別れる。
足元にはごつごつした大きめの石が散在しており、足運びに気を遣う。
幾つかの起伏を越えると人工物が見えてきた。地図によると捨てられた古い集落らしい。

この頃になると、高さのある木や建物=陰のある休めるスペースと認識していた。
陰に入ると気温は一気に下がる。程度を表現するのが難しいが、日本で言うと過ごし易い春の晴れた日の木陰といったところだろうか。
一歩外に出ればまた灼熱の太陽が待っているのだが、ここにいる間は天国とはどういうものかを実感できる。

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