マトスポブログ
サハラマラソン参戦記録 vol.14(全5ページ)
4日目、5日目の終わり
たっぷりと休息と食事を取り、本格的な就寝の前にトイレへ行く。
例の美濃和紙トイレットペーパーの巻きが大分小さくなっているがまあ大丈夫だろう。
今日は選手の待機時間が長いこともあり、用を済ますタイミングがばらばらなのかトイレも空いている。
3つ並んだトイレの中を覗き込んで壊れた便座がないかチェックを入れる。同じ轍を踏む私ではないのだ。
一考した後、一番左のトイレを選び中に入る。左のトイレとの過去2度にわたる遺恨を文字通り払拭する。そのためにだ。
例の袋をきっちり便座に取り付ける。もうすでに何度も行っている作業だ、問題ない。
便座に座る。すでにチェックを入れた通り破損はない。座り心地なんともグッドである。
用を終え、トイレットペーパーを使用する。軟らかい行動食ばかり食べていたので非常にウェットで予想以上に紙を消費する。
少しずつ焦りを覚え始める。トイレ定番のあの事態だけは避けたい。
だが、現実とはかくも非情なものである。
私のトイレットペーパーは前述の通り和紙製だ。それが仇となってしまった。
この和紙は通常のトイレットペーパーに比べ厚みがあり、余裕があるうちは良いのだが芯が近くなるとその厚みにより一気に芯へと到達してしまう。
そう、一気に到達・・・した。
第三次トイレ大戦の勃発である。
何と愚かな・・なぜヒトは同じ過ちを繰り返すのか。
私に残された戦力は僅かに芯1本。これを如何に使うかで色々な意味で今後に関わってくる。
芯を紙代わりに・・甘い誘惑が私を襲うが何とか堪える。
い、いかんいかん!こんなものでは足りんし恐い!
とりあえず他のトイレに誰かいないか確認をする。
静かだ・・。この場に助け舟を出してくれる者はいないようだ。
ならば残された道は一つしかない。
サハラ砂漠の夜空の下で筒ひとつ。この極限とも言える状況の中で私が取った選択と行動は極めて合理的、かつ大胆なものであった。
芯を手に取る。これを如何に使うか!?
こう使うのだ!
先ず更なる不測の事態が起きないよう、ゆっくりと慎重に立ち上がる。
そして手に持った芯の側面を問題となっている部分に挟む込む。
続けて素早く下着及びリカバリー用のスポーツタイツを上げ、芯そのものを安全帯として固定する。
更に大臀筋に力を入れることで芯のグラつきを封じ、ハザードマップの拡大を抑制する。
だ、大丈夫だ・・動ける!
しかし見た目は酷い内股。所謂女の子立ち状態だ。
しかし紳士たるものこんなときでもモラルを忘れない。前屈状態で手を伸ばし、便座に装着している用の済んだ袋を回収して口をくくる。
そして・・
恐る恐る足を一歩前へ踏み出し、トイレ入口の幕に手をかける。
・・・失敗すれば(社会的に)死ぬかもしれない。だがもうこれしか道はないのだ。
「 南無三! 」
意を決してトイレを出、先ず用の済んだ袋を廃棄箱に放り込み、横にかけてあるトイレ袋を1枚取る。取った袋はタイツと腹の間に挟み込む。
そして私が来た方向。つまり53番テントに向けて歩き出す。ヘッドライトは目立つのであえて灯さない。
トイレとテントの距離は約200~300m。それ程長い距離ではない。だがその間には当然人の往来があり、他のテントの脇も通過しなければならない。
これらに如何に不信感を与えず通り過ぎれるかがこの作戦の至上命題なのである。
そして歩き出してすぐに悟る。前言撤回、けっこう辛いぞこの距離は。大臀筋による固定力を維持するには所謂よちよち歩きしかできないためだ。
その歩き姿はマイケルジャクソンの「スリラー」におけるPVのゾンビ達を思い浮かべていただければ大体間違いない。
加えて、このときの私の衣装は上下とも長袖ピチピチ黒タイツの変態ルック。日本なら事案が発生しかねないレベルである。
こんな姿でテントまで無事(?)辿り着ける筈がない・・。だが、私はやった!今のこの状況を逆手に取った。
サハラマラソンは既に5日目。多くの選手が足に何らかのダメージを負っており、歩行が正常に行えない者も珍しくない。それを利用した。
足が痛くて痛くてまともに歩けない、そんな選手のフリをしたのである。
顔の演技も重要である。一歩ごとに苦虫を噛み潰したかのような表情をして設定したシュチュエーションとの調和をはかる。
ちなみに臭いのことは考えていない。みんな砂と埃で鼻詰まっているから大丈夫だろう、多分。
案の定幾人かと擦れ違ったが、不信感を持たれた様子はない。
そして欧州勢のテントを越えるといよいよ我が53番テントが見えてきた。
意を決してここまで来た理由は一つ。紙をめぐんでもらうためだ。
今の深刻な状況を、重大な危機を、如何に素早く仲間に伝えるか。その第一声は極めて重要である。
私の選択は!
「 か、紙いぃ・・ 」
これがベスト!
最重要キーワードのみを簡潔に述べる。トイレへ行くことは先刻仲間に伝えていたので、この発言が何を示すかはすぐに伝わるはずだ。
加えて表情に情けさに溢れた自虐の笑みを織り交ぜ、更に絞り出すように発言することによって憐れみと緊急性とを同時に伝える高等テクニックがこれには隠されている。
ちなみにこの残念なテクニックは5年前にパリで有り金の全てをスられ、道行く日本人を片っ端から捕まえて援助を乞うたときに習得したものだ。
いち早く状況を察してくれたのはK池さん。おねしょをした子供に対するかの様な母性溢れる微笑を示し、ご自分のトイレットペーパーをスッと差し出してくれた。
「まだあるから遠慮せず使って。」と、K池さん。菩薩のようなお方である。ちなみにF岡さんはこのときも寝ていやがったもとい寝ておられた。
お礼を言い、いただいたトイレットペーパーを袋と同じくタイツと腹の間に挟み込み踵を返す。
”希望”を得たからといって油断してはいけない。この作戦は無事に帰還して初めて本当の意味で無事でいられるのだ。
すでに痙攣を始めている大臀筋を憂慮し、帰り道は恥も外聞もなく両手で臀部を押さえて行きのそれより足早に歩を進める。
うーむ、めちゃめちゃ怪しい。完全にお察しな姿である。
だがあと50m。よし、トイレとその周りには誰もいない。
あと10m。一番近いという理由でまた左のトイレに吸い寄せられる。
そして・・
た、辿り着いた。我が事成れり・・!
ぶっちゃけた話、オーバーナイトステージのゴールより安堵と歓びを得たのを覚えている。
結局、タイツで挟んでいた袋が中の方に落ち込んでいて若干焦ったこと以外は大きな問題なく作戦を終える事ができた。
”トイレの中でする事は二つ。用を足すか人生について考えてるか。”
再び便座に袋を取り付け、前者の用を終える。
そして後者について思いを巡らす。
明日から紙どないしょ・・。
競技結果
4月9日、10日 第4ステージ-81.5km(オーバーナイトステージ)/制限時間 34時間
出走/941名(うち日本人33名)
完走/926名(うち日本人32名)
リタイア/15名(うち日本人1名)
No.1024 ONISHI Motoki
タイム 25:37:24
順位 825/941位
各ポイント通過時刻
スタート/9:08:10
第1チェックポイント(9.7km)/10:24:23
第2チェックポイント(11.6km)/13:42:35
第3チェックポイント(10.7km)/16:47:51
第4チェックポイント(13.3km)/20:56:10
第5チェックポイント(12.8km)/1:49:06
第6チェックポイント(11.6km)/6:26:45
ゴール(11.8km)/10:45:34