マトスポブログ

サハラマラソン参戦記録 vol.13(全3ページ)

自分だけのもの

他の選手に並んだとき、ライトの灯りが一つしかなく、自分のものが消えていることにふと気がついた。
変なスイッチが入って以来初めて立ち止まり、ヘッドライトの電池を予備のものに交換する。ちなみにこの予備電池の所持も義務である。
改めてヘッドライトのスイッチを入れると素晴らしい光量。どうやらチェックの日などにあった誤作動で電池を消耗してしまっていたらしい。

光量アップ!

これで俄然進み易くなる。先程までではないにしろ意気は依然として高い。まだまだこのまま行ったろやんけ!
気持ちが乗ったまま、再び進み始める。恐らくもうチェックポイント間の中ほどまで来ているはずだ。
歩きながら何の気なしに地平の先(何も見えないため、恐らくそうだろうと思われる辺り)を眺める。
・・・エメラルドグリーンの光が見える。

そういえば第4チェックポイントで同様の光がレーザー射出されているのを見た。

確かコース進行方向、つまり第5チェックポイントに向けられていたはずだ。
と、するとあの光は第5チェックポイントのレーザーか。なんで今の今まであんな目立つものの存在に気がつかなかったんだろうと少々自分に呆れる。

そして、第5チェックポイントから射出されているレーザーを辿って上空を見上げると・・・

!!!!!

なんと第4チェックポイントと第5チェックポイントのレーザーが空中で交わり一つの光の帯となっているではないか!
荒野を一跨ぎにし、雄大に曲線を描く10km超のエメラルドグリーンの光の帯は巨大な虹のような趣きがある。だがこれは人工物だ。
いつの間にか雲が晴れた満点の星空に、旅人が迷わないように架けられた光の橋が輝いていた。

言葉が出なかった。今の今までサハラの自然に触れれるだけで満足だったし、充分美しいと感じていた。
だがこのスケールの人工物が加わることで、これ程幻想的な美しさが生まれるのかと衝撃を受け、感動し、その場で立ち尽くした。

・・・・・サハラマラソンに来て本当によかった。
どこで見た情報か忘れてしまったが、サハラマラソン出場を思い立った人で実際にスタートにまで到達できるのは10%程度だそうだ。
完走への不安、金銭的な制約や長期の休暇が取れず”自分には無理だ”と諦めていくそうだ。そもそも出場を思い立つことすら稀なのであろうが。

その中で自分はここまで来れた・・。今のこの幻想的な光景を見れるのはここまで来た者だけの特権なのだ。
日本から遥か西方の砂漠のど真ん中で、独り立ち尽くし滲んだ眼で夜空を見上げそう思った。幸せだ・・本当に来てよかった・・。

そして思い出す。夜空を撮影を。
サハラの夜空を収めて帰るのは友人との約束であった。その為に三脚とリモースイッチまで携えてきたのだ。
サハラに来た初日に撮影が上手くいかなかった以降、何となく撮影を行っていなかったが今その絶好の機会が訪れた。

だが・・

やめた。
もったいなくなった。
この光景を形にしてしまうのが、他人に見せてしまうのがもったいなくなった。

この光景は自分とサハラの仲間だけのもの。先の雲海と同じく、形に残さずとも一生涯忘れることはないだろう。

ヘッドライトの灯りを消して、空を見上げながら再び歩き始める。
この幻想的な光景を、この幸せを出来るだけ長く堪能したい。そう思ったからだ。

闇夜の恐さ

月明かりとレーザーの導きを頼りに、ひとり淡々と暗闇の荒野に進むべき道を切り開いていく。
もし、私自身がこの深夜の走行を望んでいなかったのであれば不安で身が竦んでしまっていたのではないかと今更にして思う。
こんなことがあった。下を向いてiPhoneの操作を行っていたときのことだ。
操作は歩きながら行っていたのだが、再び顔を上げたときほんの十数秒前までそこにあったはずのレーザーの光が無い。
焦って周囲を確認すると明後日の方向にレーザーの帯が見えた。
こんなことが何度かあった。真っ暗闇の中でヒトの感覚など当てにならない。目標を常に確認していなければ容易く道をロストしてしまう。

また、何時間も暗闇の中にいると、前方の選手がバックパックに付けているスティックの光が段々と光として認識できなくなってくる。奇妙なことである。
いよいよ窮したときは立ち止まり、ヘッドライトを点けたり消したりしてその見え方の変化でスティックの光であるか否かを判断した。

こんなこともあった。胸のボトルの水が切れたためボトルへ水を注いでいたときのことだ。
ボトルの蓋の裏に取り付けられていたストロー部分が外れて落ちてしまった。普通ならすぐに拾って終わりだ。
だがどれだけ足元を探しても見つからない。ストロー部分がなければこのボトルの機能は失われてしまうのでそのままというわけにはいかない。
ヘッドライトの灯りで5分以上探して、ラクダ草の茂みの中に落ちているのをやっと見つけた。日中だと当たり前にできる行為が、とても困難なものに変化する。
他にもフロントバックから何かを落とした気配があったのだが、それは見つけることができなかったので、結局何だったのか今もわからず終いだ。

他の選手の話だがこんな変わった現象もあった。体力の限界が近くなった深夜、暗闇の中に知人が幻覚として現れ、周り付いて一緒に歩いてくれたという。

この闇夜を前向きな思考で楽しめたことは全く私にとって僥倖であったと言える。

vol.14へ >>

1 2 3