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Post on 2015.08.06
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サハラマラソン参戦記録 vol.20

2014年4月、弊社の社員である尾西基樹30歳(独身)が、世界で最も過酷とされるサハラマラソンに参戦した記録譚、第20回。

2014年5月から掲載してきたこの参戦記録も残すところ今回を含めあと2回の予定です。
第20回は帰路のお話。

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4月14日 さらばモロッコ。そして再びパリへ

空港へ

午前7時30分頃に目を覚ます。今朝はあの悪夢(?)を見ることはなかった。
本日は移動日。モロッコ滞在は10泊11日(砂漠には8泊9日)。とうとうこの地を後にする日が来たのだ。
フライトは12時45分だが、9時30分には空港行きのチャーターバスが迎えにくるらしい。
荷造りは昨晩終わらせていたので、身支度のみを整える。

腕時計をつけようとした際、ふと手首の日焼けに目がいく。
何度見ても冗談の様な焼けあとだ。半指グローブ、腕時計、長袖のスポーツシャツ。
それら装備品の僅かな隙間のみが盛大に焼け焦げたのだ。遠くから見れば腕時計か何かしているように見えるだろうな。

全ての荷物を持って1階に行き、それらをロビーに預けてレストランへ。
今朝も外のテラスでパンとコーヒーをいただく。

食事後、ロビーで待っているとすぐにチャーターバスがやってきた。
ワルザザートに来たときと同じく幾つかのホテルの選手が相乗りになるようだ。
また、空港での混雑緩和のためにフライトも恐らく国単位かゼッケンナンバー区切りで便分けされているようだ。
パリを発つ日、オルセー空港で一緒だったなという選手がちらほらいたので恐らく同じメンバーなのだろう。
バスは立ち乗りまで発生するくらいぎゅうぎゅう詰め。たくしょうがねえなぁなんて思っていたら、動き始めてから後ろにバスがもう1台あったことに気づく。やれやれだぜ・・。

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