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Post on 2015.03.02
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サハラマラソン参戦記録 vol.15

2014年4月、弊社の社員である尾西基樹30歳(独身)が、世界で最も過酷とされるサハラマラソンに参戦した記録譚、第15回。

今回からは最終ステージである第5ステージです!
約10ヶ月前より始まりましたサハラマラソン参戦記録も残すところあと数回です。是非最後までお付き合いください。

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4月11日

第5ステージ-42.2km(マラソンステージ)/制限時間 12時間

 

 

最終ステージの朝

いつもより30分程早い午前5時過ぎに目を覚ます。
昨日アナウンスがあるまで気づいていなかったのだが本日の最終ステージは7時にスタートを迎える。
更に総合上位陣はオーバーナイトステージと同じく遅れてスタートをする。彼らのグループは8時30分のスタート。
このグループには日本人選手1名も含まれる。昨年日本人1位で今年は総合50位を狙われている56番テントのS村さんだ。
前大会での経験を我々サハラビギナーに惜しみなく伝えてくださる日本人選手団のリーダー的存在である。
彼に教えてもらい施したテーピングは今日まで剥がれることなく私を助けてくれている。

だが、テーピングやゴール後のケアをしっかり行っていたにも関わらず脹脛(ふくらはぎ)が激しく張っている。
オーバーステージ以前は10kmのみを走ってあとは歩くことによって筋肉へのダメージをコントロールできていた。
しかし81.5kmの長丁場では歩きといえども深刻なダメージが残ってしまったようだ。
張り具合を見て日本である方に言われたことを思い出す。
「脹脛が張ると、アキレス腱にストレスがかかる。注意すること。」

・・・アキレス腱付近に痛みや腫れはないようだ。一先ず大丈夫なようだが、アキレス腱と聞くとどうしても”断裂”という言葉が頭をもたげてくる。
そのような最悪の事態になればもうレースどころではないだろう。
状態確認のため少し歩いてみる。動くと一層の張りと痛みを感じる。仕方がない、腱へのダメージを考えて脹脛をほぐしつつ行くしかないだろう。

昨日夜に配布のあった新しいゼッケン1枚を、傷んだ前面のものと取り替える。
オーバーナイトステージのスタート前に総合上位者のゼッケンには蛍光ペンでマーキングが施されたのだが、
そのオーバーナイトの結果により順位の入替わりが発生したため新しいゼッケンに再マークをしたものが配布された。
どの選手が総合上位になるかは事前にはわからないため、マーキングを施さない選手の分もゼッケン自体は存在しており、それをいただいた格好だ。

そんな具合でひと通りの準備を終え、コースの確認を行う。
本日の第5ステージは俗にマラソンステージとも呼ばれる。距離はズバリ42.2km。オーバーナイトステージを除けば今大会最長だ。
最終日がフルマラソンなのはサハラマラソンの所謂”お約束”だという。ちなみに制限時間は12時間とかなり長い。
それにしても人生初のフルマラソンがサハラとはなかなか乙なものである。
そして今日のコースには距離以外にもう一つ大きな特徴がある。全面ほぼフラットなのだ。
特にスタートからCP1までの12.2km、そこからCP2までの10.8kmは路面に石が多いものの丘陵を一つ越えるだけ。
それ以降も平坦が大半を占める。内容は大体以下のような感じだ。
28km地点で初めてまともな登りがあり、30km地点でその降下。この辺りは岩場のはずなので若干の難儀があるかもしれない。
岩場を下ってすぐの32.2km地点が最後のチェックポイントのCP3。尚、CP3では8時間30分の制限時間が設けられている。
CP3からは36kmを過ぎたところまで再びフラット。ただし路面は足を取られる深い砂と思われる。
1km弱の緩やかな登りの後、2km弱の平坦。丘陵を一つ越えた先に小規模の砂丘があり、そこを3km弱行けばいよいよゴールだ。
いや、今日に限ってはゴールと呼ぶのは正確ではない気がする。
今日はサハラマラソンの最終ステージ。

ゴールではない。”フィニッシュ”だ。

スタートへ

6時50分頃、スタート地点へと向かう。日の出からスタートまでの時間的余裕があまりないので選手の集まりが物凄く悪い。
間違いなく定刻スタートは無理だろう。まあ毎度のことだが・・。

定位置であるスタート向かって右側のアーチに腰をかけ、今一度脹脛のマッサージを行う。一考した後、ロキソニンを服用した。
腱へのダメージの件でいつも通り第1チェックポイントまで走るか否か少し迷ったが、ペースとフォームを調整すれば問題ないだろう、多分。
第1チェックポイント到達後はいつも通りストック使って脚の負担をカバーしよう。
これらの”いつも通り”という概念がどれだけ精神的な支柱となるかを今は身をもって理解していた。
「練習通り。これまでのステージ通りやれば大丈夫。いつも通りやれば・・・・・完走できる。」
完走が第一の目的ではなかったが、ここまでくるとやはり意識してしまう。
それを果たしたとき一体どんな感情が迸るのか。この14ヶ月の答えの一つには違いない。

7時を回り、パトリック氏が壇上に立つ。繰り返すが7時前ではない。7時を回ってから現れた。だがこの緩い感じがとてもよい。
壇上に立ったパトリック氏は招集を急かすでもなく、なんと歌って踊り始めた。この緩い感じが・・とてもよい。
短いですがスタート地点の様子と陽気なパトリック氏をご覧ください。※外部リンク

ビートルズの「 Com Together 」もマイクで歌っておられました。ただし”Com Together”の部分だけですが。

今日も私の頭の出っ張りを目印に同じテントのK池さんとF岡さんがやってきた。
スタートにはこれまでとは少し違う雰囲気が漂う・・。明日はチャリティーステージがあるが、実際のところは記録とは関係のないパレードだ。
我々のサハラマラソンは実質的に今日が・・・最後なのだ。何とも言えない寂しさが漂う。

進行のお姉さんも現れ、ようやくスタートに向けて動き出す。
それにしても今日は雲が多い。時刻が早く日も低いため選手にとってはかなり良いコンディションといえる。

7時14分15秒、「Highway to Hell」に乗って最後ステージの幕が開けた。

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